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雪の音 4

 09, 2013 01:28
 優斗が連れて行かれた先は、ホテルの中にある高級な日本料理店だった。従業員の丁重な応対はあの名刺が嘘でなかった事を証明している。
「よく来るんですか?」
 優斗の問いかけに凜太郎は笑顔を見せた。
「いつもは本店の方だけどね」
「俺はこういう高そうな店は初めてです。だから……その、粗相があったらすみません」
「大丈夫だよ、個室だし。それに食事は美味しく食べる事が一番だから気にする事は無いよ」
 優斗は、凜太郎の言葉に安堵し小さく頷いた。


 コースで運ばれてくる料理は、優斗には食べた事のないものばかりだった。優斗はさりげない凜太郎のリードで料理の順番を覚え、味を覚えていく。口に入れる料理はどれも美味くて優斗も肩から力が抜けていった。
「東京には旅行?」
 切子の升グラスで日本酒を飲む凜太郎に聞かれ、優斗は夢のような空間から現実に戻された。
「いえ……」
 考えないようにしていた今夜からの身の振り方。友達をずっと当てにするつもりは無かったが、初日からこれでは気落ちしてしまう。突然表情が暗くなった優斗に凜太郎は質問を続けた。

「旅行でないとすれば、大学? それとも就職かな?」
「まあ……そんなもんです」
 優斗は初めて会った男に今夜からの相談をするつもりは無かった。何となく流れで一緒に食事をしたが、何も持っていない自分が付き合える相手ではないという事ぐらいは知っている。
「あの……今夜は本当にご馳走様でした。そろそろ俺」
 この店に入る時に、こんな高そうな店では食事が出来ないと断った優斗に、ご馳走させてくれと凜太郎は、遠慮する優斗の背中を押してこの店に入ったのだ。

「行く当てがあるの?」
「はい。別の友達の所に……」
 本当は、約束などなかったが都会ならば、ファミレスやネカフェがたくさんあるだろうと優斗は踏んでいた。
「そう? でもまた今度食事に付き合ってもらえるかな?」

 凜太郎は優斗を強いて引き留める事はしなかった。
「必ず電話くれるよね?」
 凜太郎の、目の強さは否定を許してはくれそうにない。
「はい……」
 携帯番号は食事中に交換させられた。だが今後この男とコンタクトを取るような事はないだろうと、優斗は考えていた。住む世界が違い過ぎるのは若い優斗でも分かる。自分から電話をかけて誰? などと言う言葉は貰いたくはない。
 余計な傷は無い方がいい。優斗はそう思いながら礼を述べ、店を後にした。
「さてと……」

 今夜二度目の台詞を吐き、それに気づき優斗は苦笑を漏らした。
「一晩くらいどうにかなるか」
 優斗は諦めたような顔で、独りごちる。腹が満たされた今は、ファミレスは少しきつい。優斗はネカフェを探すために、自分にそぐわない一流と呼ばれるホテルのロビーを抜け表に出た。目の前には東京の巨大なネオンが、優斗を拒絶するように聳えていた。

 優斗が東京に出て来てから一か月が過ぎた。だが未だに就職先が決まらない。こっちに来た日にはアクシデントがあったが、翌日から一週間、友達はいやな顔もせずに泊めてくれた。その間に安いアパートも借りる事も出来た。勿論母親に頼み保証人になってもらった。

 築十五年程の学生向きのアパートは、予想よりも安く借りる事は出来たが、それでも就職先の決まらない優斗には次第に負担になってきていた。
 高校しか卒業していない優斗が正社員として潜りこむには厳しい現状だった。高望みはしていないが、面接の手ごたえはあったにも関わらずに、不採用の通知を優斗は受け取る日々を、やりきれない気持ちで過ごしていた。
「夢は見るなって事かな……」

 夢も希望も持って上京した優斗の気持ちが、次第に萎んでくる頃に、忘れていた男からの電話を受けた。
「私を覚えている?」
「あ……はい」
 食事をご馳走になった翌日に一度だけ礼の電話を入れた。秋山凜太郎、自分とは住む世界の違う大人の男だ。
「また食事をしようという約束も覚えている?」
 優斗はあの時の言葉は、社交辞令だと思っていた。
「ええ……」
 だから煮え切らない返事をする。
「今夜何か予定がある?」
「いえ」

 予定など何も無い。最後に受けた面接の結果はさっき届いたばかりだった。もう何の予定も優斗には無かった。
「それは良かった。食事に付き合ってくれるよね?」
「俺なんかと食事しても面白くないでしょうに」
 卑屈とも思える言葉が今の優斗から出て来ても、仕方がないような精神状態だった。
「迎えをやるから、住所を教えて」
「そんな、迎えなんかいいです。場所を教えてもらえれば行きます」

 食事を一緒にする事を承諾する前に、迎えの話をふられ、優斗はいつの間にか凜太郎の申し出を受け入れている事に気づかなかった。
「嫌いなものは無い?」
「はい……あ」
「ん? 何か食べたいものでもあるの?」
「いえ……出来たら普段着でも行ける所でお願いします」
 金持ちの凜太郎の事だ。とんでもない店に連れて行かれるかもしれないと、優斗は予防線を張った。
「大丈夫だよ。私に任せて」

 優斗は言われた店の最寄り駅まで行き、そこで迎えに来てもらう約束をして駅に向かった。初めて会ったあの日と何ら状況の変わらぬ今の自分を、凜太郎に見られたくなかったが、今日食事の誘いを断っても、応じるまで誘うと凜太郎に言われてしまえば、時間のある今日の方が優斗にも都合が良かった。

 普段着よりも少しだけお洒落をした優斗が連れて行かれた店は、これもまた高級と一目で判る中華料理店だった。ざっと見たメニューは良くは分からなかったが、料金だけは読めた。
「俺、特に嫌いなものは無いので、秋山さんにお任せします」
「そう、では適当に頼むよ」
「はい」
「君にひとつお願いがあるのだけど聞いてくれるかな?」
「俺に出来る事なら……」
 果たして自分に出来る事などあるのだろうか、と思いつつもそんな返事を優斗は返した。
「私の事は、秋山さんではなく、凜太郎と呼んでくれないか?」
「はい?」
 優斗は驚いて尻上がりの言葉で聞き返した。

「だって、君と私は仕事を通じての関係ではないだろう? 秋山さんって呼ばれると、どうも仕事から離れられない気がして落ち着かないのだよ」
 凜太郎は口元を緩めながらそう言った。優斗は、その気持ちは分からないではないが、年下の自分が気安く名前を呼べるような立場の人ではないことくらい、分かっているつもりだった。
「でも……」
「私も優斗と呼ばせてもらうよ」
 まるで同年代の友達のような言葉に優斗はどうしていいか分からずに、円卓の縁をなぞっていた。
「ほら、呼んで」
「り、凜太郎さん……」
「嬉しいよ、優斗。ありがとう。これで私と優斗は友達だ」
「はあ……」
 無邪気に喜んでいる凜太郎に水を差すのも悪い気がして、優斗は口を噤んだ。どうせ、頻繁に会う事は無いだろうと思いながら。
「たくさん食べて。最初に会った時よりもだいぶ痩せたのではない?」
「まあ……」

 痩せた事は自分でも分かっていた。なんせ切り詰められる物は食費くらいしかない。
「ありがとうございます。遠慮なく戴いています」
 実際この店の料理はどれを食べても美味かった。久しぶりの贅沢に若い優斗は進められるまま腹いっぱい食べていた。
 腹が満たされると優斗も、凜太郎に問われるままに、現況を語っていた。自分が惨めにならないように、まだ余裕のあるふりをしながら語り続ける。
 だが、優斗は本当のところ余裕などなかった。働きだしてひと月後に給料が入るとすれば、今月中に仕事を決めないと食べていくのも難しくなるのだ。

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こんばんは。「雪^^;の音」を再開する事にしました。
私も内容を忘れているくらいです^^;
ゆっくりですが、更新していきます。
時間を見つけて、他の話の番外や、放置してある話の続きを書ければ……と思っております。

沢山のコメント本当にありがとうございます。
忘れられていなかった……そう思うと胸が熱くなります。
読みに来て下さって、ありがとうございました。
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COMMENT 4

たつみきえ  2013, 04. 09 [Tue] 09:03

kikyouさん おかえりなさーい
何回も読み返しちゃったから話はわすれていませんです。
お待ちしておりました
でもむりしないでくださいね

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けいったん  2013, 04. 09 [Tue] 11:59

そっかぁ 就職が 中々 決まらないんだぁ
優斗、現実は厳しいよね。

でも きっと その内 良い事があるってv(`ゝω・´)キャピィ☆

どれでも kikyou様が書きたい作品から 書いて下されば嬉しいです。 
あっそれから「後書き」で
作品タイトル『雪の音』を『春の音』って 書かれてますよ~
この季節での再開ですから その作品タイトルでも良いけど(笑)
時間に余裕がある時に 確認して頂ければ ありがたい!(*>人<)

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taki  2013, 04. 09 [Tue] 12:49

雪の音!
感激しました(///ω///)♪
楽しみがまた増えました!
心に春がきたって感じです!

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nichika  2013, 04. 11 [Thu] 20:58

初めましてです。が、待ちわびて。たかいがありました。
是非無理せず書き綴って下さい。
全作品たのしく読み、心情とかうつろいの描写に気持ちがもってかれます。

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