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雷鳴 10(完結)

 07, 2010 22:47
 今はこの部屋に踏み込む権利も、名を呼ぶ権利も無い男は膝を抱え一人唇を噛んで、時が過ぎるのを黙って待っていた。


「忍……起きて朝だよ」
 忍は肩を揺さぶられ重い瞼を開けた。
「……あ、北大路君?」
 北大路の顔を認め昨夜自分が北大路に抱かれ、そのまま意識を手放した事を思い出した。

「俺、落とせない講義があるから学校行くけど、忍はどうする?」
「う……ん、僕今日は休むよ」
 躰を動かすのもだるかった忍は、あっさりと休む事を北大路に告げた。
「分かった、ゆっくり寝ていて。何かあったらメールして」
「うん。昨日は……その……ありがとう」
 困ったような顔で礼を述べる忍の髪をくしゃっと撫でながら「こんなお願いなら大歓迎だよ」と北大路は優しい笑みを残して部屋を出て行った。

 北大路がドアを開け一歩踏み出すと、ドアの横に膝を抱えるように座っていた男が立ち上がった。
「あんた……もしかして一晩中ここに居たの?」
 とうの昔に帰ったと思っていた忍の元彼がまだ居た事に驚き、咄嗟にそんな言葉が飛び出した。
「まだ忍の事追いかけようとしてるの?」
 北大路が身構えながらそう聞くと、彬は「いや、君に……言うのを忘れた」と言う。

「何ですか?」
 未だ警戒を解かない北大路は怪訝な顔で彬を見据えた。
「……忍を大事にしてやってくれ、忍を頼む」
 彬はそう言うと北大路に頭を下げた。
「……もうあなたが気にする事じゃないと思いますけど?でも言われなくても俺は忍の事気に入っているし、大事にもする。あんたとは違う」

 彬は北大路の言葉に、自分が今まで忍に対してしてきた事を知られたと察した。
「そうだな、俺は酷い男だった……じゃあ」
 そう言うと彬は北大路よりも先にその場を離れて行った。

(ったく、不器用な奴らだな……)
 北大路は、昨夜忍が達く時に発した(アキラ)という名前は自分では無いと分かっていた。そう簡単に乗り換えられるタイプなら倒れる程悩まないはずだ。お互いに未練たっぷりというのに、別れを選ぼうとしている忍と彬……
 北大路は自分の性の対象である男に今まで不自由した事はなかった。だから執着もしない。
 忍みたいな真面目な子を抱いたのも初めてだった。北大路は同じ世界に居ながらも忍は縁の無い場所に居る子だと、抱いた今でも思っていた。
(ちっ……)北大路は何に対してなのか分からない舌打ちをしながら、着替える為に自分のマンションに向かって歩き出した。

 一方ベッドの中に潜っている忍は昨日の出来事を思い返していた。
「はぁ……っ」
 自分のした事の大きさに溜息を吐く。だが北大路との行為を後悔してはいない。あの場で彬を追い返した事も後悔してはいない。
 だけど、何かすっきりしない物が心の奥深く潜んでいるのだ。レイプ事件の真相を聞いて驚き彬を罵ったが、今はもうどうでも良かった。
 ただ『何で元の世界に戻ってくれないんだよ……』と言った彬の言葉だけがリフレインしている。戻れるものなら、とっくに戻っている。戻れないから辛いんであり、無意識のうちに彬を求めてしまうのだ。

 でもそれも終わった……
 だからといって今の忍は、北大路とも付き合うつもりは無かった。心の奥に彬の影を引きずったまま誰とも付き合えない、ましてや女性と付き合う事など問題外だった。



 それから夏休みに入るまで、北大路とはメールこそ交わしたが会う事は無かった。勿論彬ともあの時以来顔を合わせてはいなかった。

 そして夏休みになった最初の土曜日、忍は同窓会が開かれる居酒屋に向かった。同窓会と言っても大規模なものではない、15、6人集まればいい方だろう。チェーン店である居酒屋の一番奥の大広間を借り切っての集まりだ。

 案内された部屋に入ると10人程がもう集まっていた。忍は幹事である木下に手を上げてから一番端っこの空いている席に座った。高校生の時の顔しかしらなかった奴もいる。会わなかった3年半に全く変化のない奴もいれば、急に大人びた顔つきになった奴もいた。忍はそんな事を思いながら昔の同級生と会話を交わし始めた。

「ひぇー忍って何だか大人っぽくなったなぁ」
 自分では全く変わらない部類だと思っていた忍はその言葉に驚き顔を上げた。
「僕は……変わらないと思うけど?木下は……老けたね」
 そう言って微笑む忍を木下は、眩しい物を見るように目を細めて見返し忍の横にどんと腰を下ろした。

「お前、その色気何とかしないとヤバイよ」
「はぁっ?何言ってるんだか?」忍は呆れたように木下を見つめた。
「分かってないなぁ自分を。こりゃ彬が心配する筈だ」
「あ、彬は来ないんでしょう?」
「多分無理だって言ってたけど、場所と時間は教えておいた」
「……そう」
 忍は自分から聞いたくせに、興味なさげに軽く頷いただけで彬の話を終わらせた。

 同窓会が始まってから1時間もすると、早々に酔っぱらった奴らが忍に絡んできた。
「忍~相変わらず綺麗だなぁ、彼氏出来たか?」
「僕は男だし、聞くなら彼女でしょ?」相手に乗せられないように忍は答える。
「いやぁ、忍だったら男でも問題ないだろ?てか俺一度お願いしたい」
 本気とも冗談ともとれる言葉に、忍は眉間に皺を寄せるが酔っぱらった奴らには逆効果だった。


 そんな言葉を掛けられながらも同窓会は楽しく進んで行った。人数もいつの間にか16人程に増えたが彬の姿はこの席には無かった。寂しいようなほっとしたような気持ちのまま忍は時を過ごした。
「彬とどうなってんの?」
 他の奴に聞こえないような声で幹事の木下が忍に声を掛けてきた。
「どうって……?別に同じ大学ってだけで、何も関係ないよ」

「ふ~ん?それだけには見えないけど?」
 疑いの眼差しを木下は向けるが、もう終わった事に忍はどう答えていいのか分からなかった。
「そろそろお開きだけど、やっぱり彬来なかったな」
 そう言い捨てて木下は皆の元に行き、二次会に参加する人数を募っていた。忍は不参加を伝え立ち上った。
「僕もう帰るね」
「えー忍も二次会行こうよう奴も「じゃ又連絡するよ」と気楽に言ってくれる奴もいる。忍はそんな同級生に軽く手を挙げ「じゃあまたそのうち……」と声を掛けてから部屋を出た。

 店の出口近くまで行って、初めて大雨が降っている事を知った。賑やかな店の奥の席にいたから気づかなかったのだと思いながらも傘も無い。
 だがここでもたもたしていたら二次会に行く連中に捕まってしまい、強制的に連れて行かれるのは必須だ。諦めて忍は雨の中走る事に決めて表に出た。
 
 一歩歩いた所で店の前に停まっていた車にクラクションを鳴らされた。自分の事では無いと思いながらも反射的に振り返った。
「……あきら?」
 運転席でハンドルを抱えるように座る姿に目を疑った。
 助手席側の窓がすーっと下り「濡れるぞ、乗れよ」と声が掛かった。その瞬間大雨の中激しい雷鳴が轟き忍はその音に背中を押されるように助手席に滑り込んだ。

「どうして……ここに?」
「……雨が酷いし、雷も凄いから……」
「もしかしてずっとここに停まってたの?」
「家でいいか?」
 忍の質問には答えず彬はアクセルを踏み込んだ。

 忙しなくワイパーが動いているが、それでも雨は前面のガラスを激しく叩いている。
「酷い雨だな……」
「う……ん、帰ってたんだ……」
「まぁな……」
 お互いの言葉が短くて会話は続かなかったが、忍は自分の為に彬がここで待っていてくれた、と思うと嬉しさを隠せなかった。
「あの男とは上手くいってるのか?」
 だが彬の言葉に現実に引き戻される。あの夜に彬を拒み北大路の手を取ったのは自分なのだ。彬の言葉に嬉しかった気持ちが萎んでしまい忍は口を噤んだ。
 沈黙した耳に聞こえるのは遠くに聞こえる雷鳴と、雨を弾くワイパーの音だけだった。


「着いたぞ」
 彬の声に忍は泣きたい気分で彬を見詰めた。
「うん、ありがとう……」
 だが返す言葉はそれ以外何も無いのだ。

 自分の意思で他の男と交わった自分と、自分の意思で他の男に差し出していた彬……どちらが罪深いのだろうか?どちらの罪が深くても自分たちは、もう二度と元には戻れないだろう。
 彬は後部座席の下に置いてあった傘に手を伸ばし、それを忍に渡した。
「返さなくていいから、濡れないようにな」
 あとはそう大きくない普通の家の門を潜るだけだ。傘などなくても大して濡れはしないだろう、濡れた所で自分の家に着けばどうにでもなる。

「いいよ傘は、走るから」
 返さなくていいと言われた物など持っていたくはなかった。
「バカ、風邪引いたらどうするんだよ、ほらちゃんと傘持って」
 そう言われ握らされた時に、彬の手が忍の手首を掴んだ。
 触れられた動揺を知られたくなくて忍はドアを開け車の外に降りる。

「じゃあ、ありがとう。気を付けて……」
「……あ、ああ」
 彬がゆっくりとアクセルを踏む様子が分かった。
 名残惜しいと思うのは自分ばかりなのか?動き出した車を立ち尽くしたまま忍は見ていた。プッと小さくクラクションを鳴らし加速する車の背を見ていた忍が傘を放り出した。

「彬っ!!」
 このまま二度と彬に会えないような気がして忍は焦った。
「彬――っ!」
 だが忍の声は雨と雷鳴に消され車までは届きそうもなかった。直ぐ近くに落ちたのではないか?と思う程の激しい地響きを感じながら忍は走り出した。

 まだ今なら角を曲がる前の車に追い着けるかもしれない。きっと忍の行動を誰もが笑い、信じられないと言うだろう。酷い目に合わされても目が覚めないのか?と蔑むだろう。だけどそれでも彬がいい。彬だから許せるのだ。
 ずぶ濡れになりながら忍は彬の車を追った。雷が怖いなんて言ってはいられない。彬と別れる事以外に怖いことは今の忍にはなかった。



 角を曲がった車が忍の視線の先から消えた。
「あきら……」
 夏とはいえずぶ濡れになった躰は冷え切ってしまっている。
「あきらのばか……」
 涙も、雨の雫もぼろぼろに頬を伝い立ち竦む忍の足元に落ちて行く。


「ばか、ずぶ濡れで……何やってんだよ」
 雷鳴に混じりそんな声が忍の耳に飛び込んできた。

「あ、あきら……彬だってずぶ濡れじゃん」
 忍が言い終わる前に冷えた躰は彬の胸の中に抱きしめられた。
「ううっ……あきらのばかぁ」
「ごめん……ごめん……忍、お前にどう罵られてもやっぱお前が好きだ、ごめん」
「ううっ……うっ……あきら、あきら……いやだ、彬じゃなきゃ嫌だ」
「忍……俺……愛してるって言ってもいいか?」

 愛を知らない彬が初めて口に出した。
 嗚咽にまみれて返事など出来ない忍は、言葉の代わりに彬の唇に貪りついた。激しく返される口付けに忍は幸せを感じ、その躰に縋り付く。

「もう離さないで……」
 忍の甘える言葉もまた直ぐに彬の口腔に呑み込まれていった。

 雷鳴が遠くなり、雨も小降りになった頃我に返った二人は見つめ合いながら口元を緩め、そして、また深く唇を重ね合わせた。


<完>



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