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雪の音 6

 11, 2013 00:01
 凜太郎とは年齢も立場も違うのに、何故か親しみが持てた。一緒に酒を飲んだ事で優斗はかなり気を許している自分に気づいた。だがまだ酔いが回っている優斗は、凜太郎がベッドメイキングしていた僅かの時間に眠りに落ちてしまっていた。
「おや、気持ち良さそうに寝ている」
 凜太郎は、ソファの上ですやすや寝息を立てる優斗を横抱きにする。
「随分と軽いな……」
 見た目で痩せた事には気が付いていたが、抱き上げる事でそれは実感として凜太郎に知らしめる。ちょっとやり過ぎだったかと思ったりもしたが、それも今更だ。
 凜太郎は、優斗をゲストルームのベッドにそっと横たえて、寒くないように肩まで布団を掛け、ぽんぽんと胸の辺りを叩いてから部屋の灯りを消した。

 翌朝優斗は、すっきりした気分で目覚めた。最近就職の事が気になり熟睡できなかった体が、ようやく休まったような気がした。だが、はっとしたように飛び起きる。自分の煎餅布団ではない程よいスプリングに違和感を覚えた。
「ここは……」
優斗は慌てて昨日の事を思い返しながら、枕元にあった携帯電話で時間の確認をした。朝の七時は、優斗が普段起床する時間だ。優斗は部屋を見回しながら、この部屋が凜太郎の部屋だろうと気づいたが、昨夜の記憶は所々しか残ってはいない。
 優斗はそっとドアノブを回し部屋の外に出た。凜太郎はまだ眠っているのか、リビングはひっそりとしていた。凜太郎の寝室らしいドアが少し開いている。
「凜太郎さん……まだお休みですか?」
 だが、そこには大きなベッドがあるだけで人の気配が感じられない。抜け殻のベッドを触ると微かな温もりが感じられた。遠くで水音がする。
「シャワーか……」
 優斗は小さく呟いて、凜太郎の寝室を出る。
 優斗が寝室の扉を後ろ手で閉めた時に、リビングに誰かが入って来た。
「あ……っ」
 鉢合わせたふたりは、同時に驚いた声を上げる。この部屋の主の凜太郎ではないサラリーマン風の男が、朝刊とバケットが入った紙袋を持って立っていた。
 フレームレスの、眼鏡の奥から視線が鋭く優斗に突き刺さる。
「君はここで何をしているのですか?」
「あ……」
 突然詰め寄られて優斗は言葉に詰まって狼狽えてしまった。
「幾らですか?」
「え?」
 その男は、紙袋をテーブルの上に置くと、胸元から財布を取り出しながら優斗に聞いて来た。優斗の視線の端にバケットが見える。あぁこれから朝食の準備なのか、などと全く関係ない事が頭を過る。それほどに、男の口から出て来た言葉は優斗には意味の分からない言葉だった。
 だが、男は財布から数枚の万札を抜き、それを茫然としている優斗の胸に押し付ける。
「え、何ですかこれ?」
「まだ足りないと言うのか? それを持ってさっさと帰りなさい。君みたいな男が来る所ではない」
「どういう意味ですか?」
 眉間に皺を寄せながら聞く優斗に、男は怒り抑えたような、唸るような声で「帰れ」と言い放った。
そして、優斗の肩を強く押し玄関の扉を開ける。
「あの、何か誤解して……いたっ」
 優斗は誤解しているだろう男に説明しようと口を開くが、その男は口を利くことすら許さないように、優斗を玄関から外に押しやった。そうしてドアの隙間から優斗の履き古したスニーカーが、汚い物のように投げ捨てられた。
 優斗は、訳も分からずスニーカーを拾おうとして、自分の手に数枚の万札が握らされている事に気付いた。汚らしい物を見るようなあの男の目と、自分の手にある金を見比べて、優斗は初めて自分が男娼か何かに間違わられたと気づく。
「ふざけるな」
 手の平の色が変わる程に、優斗は万札を握りしめていた。それを凜太郎の玄関ドアに叩きつけようとして、手を止めた。ここに金をばら撒いて他人に拾われてしまったら、自分が受け取った事になる。この金は本人に返さないと意味が無いと考え直した。
 今このドアをノックなど出来ない、優斗は怒りに震えながら駅への道を歩き始めた。

 優斗を部屋から追い出すと真木は、何事も無かったように珈琲の豆を挽きセットした。そうして手慣れた様子でキッチンに立ち、簡単なサラダとベーコンエッグをこしらえる。珈琲の芳ばしい香りが漂う頃に、浴室の扉が開き腰にバスタオルを巻いただけの凜太郎が出て来た。
「真木! 今日は休みだろう?」
「はい。でも朝食くらいはきちんと食べて頂こうと思いまして」
 凜太郎は、真木の言葉を聞き流し、ひとりゲストルームに向かった。ノックするが返事が無いので、そっとドアを開けた。だがそこに眠っているはずの優斗の姿が見えない。ベッドも乱れたままだった。凜太郎はダイニングに引き返すと、真木に声を掛けた。
「真木が来た時に誰かいなかったか?」
「いえ、誰もいませんでしたよ。どうかしました? 鍵が開いていたから変だとは思ったのですが……」
「そうか、いや何でもない」


 優斗は自分が朝風呂に入っている間に帰ってしまったのだろうか、それが少々腑に落ちない凜太郎だったが、真木にそれ以上聞く事はしなかった。
 一方真木も、何ら気にする様子を見せずに、凜太郎の朝食の支度を全て整えた。その間に凜太郎はリラックスした服装に着替えて戻って来た。真木はもう少し凜太郎の逞しい身体を眺めていたかったが、態度には出さない。
「真木は食べて来たのか?」
「いえ」
「ならば一緒に食べよう」
「いいのですか?」
 真木の顔が嬉しそうに綻んだ。
「用意したのは真木だろう?」
「そうですが……」
「どうだ、彼氏は優しくしてくれるか?」
「ええ……」
 朝っぱらからする会話ではないような気がするが、下手に凜太郎に逆らえなくて、真木は曖昧に返事をした。
「何だ、上手くいっていないのか?」
「そんな事はないです。優しくしてもらっています……」
 実際新しい恋人に何ら不満はなかった。ただ凜太郎以上に好きになれるか、と問われれば否だ。胸の中に空いた風穴は凜太郎以外では塞ぐ事は出来ない。

 平日の朝十時には、通いの家政婦がやってくる。実際真木が手を出さなくても、凜太郎には何の不便もない。だから週末は真木にとって何にも代えがたい大切な時間なのだ。
「早く一緒に住んでしまえばいいのに。そうしたら毎朝私の朝食の心配をする暇もなくなるだろう」
 凜太郎に揶揄されるが、真木は当分恋人と一緒に暮らすつもりは無かった。もしあるとしたら、それは凜太郎が幸せな結婚をした時だ。同性しか愛せない真木には無理な事だが、両方愛せる凜太郎には結婚という道がある。断じて他の男と一緒に暮らした時ではない。凜太郎には人も羨むような美人で気立ての良い奥さんを貰って欲しかった。

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読んで下さりありがとうございました。
今日こそ、コメントのお返事をと思いながらも……
時間が足りません。しばしお待ち下さい♥♥
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COMMENT 1

けいったん  2013, 04. 11 [Thu] 09:22

真木ったら 酷いわ!
でも 優斗を勘違いしたって事は、凜太郎は 過去に そんな事があったって事でしょ?
(Θ.Θa;)うーん 、だとしたら 仕方ないか…

それに 真木の凜太郎への気持ちを知っちゃうと この行動は尚更ですね。
真木は これから 厄介な存在になるかな?

kikyou様、コメへの返事は お気遣い無くお願いします。
御多忙の中の更新 読んでくれるだけで もう十分だよ~♪
(o ⌒∇⌒)oo(⌒∇⌒ o)ネェ...byebye☆

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