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雪の音 8

 13, 2013 00:01

凜太郎が奇跡と言った縁は簡単に切れてしまった。
 アパートのある駅に降り立った優斗はその足で、駅周辺にある飲み屋を外から見て歩いた。もうどこでもいいから仕事を決めようと考えていた。幸い東京の街はそう大きくない駅でも駅周辺はかなり賑わっていた。今さら仕事を選んでいる場合ではない。とにかく食べて行くためには、定収入が必要だった。夢を見るのはその後でもいい。自分が諦めなければいつでも夢は追える。
 優斗はその足で、以前チェックしていた居酒屋に向かった。夜の十時から朝方四時までのアルバイトは、二か月経った今でも募集していた。本当は酔っ払いと関わるような仕事には就きたくなかったが、背に腹は代えられない。
 思い切って扉を開けたのに、店長不在の為明日連絡してくれと言われ、優斗は肩を落とした。勢いで決めてしまいたかった。
 出鼻を挫かれた気分で、優斗はアパートに向かった。最低な気分からは簡単に抜け出せそうもなく、近くのコンビニで発泡酒と乾き物を買って帰った。元々酒が強い方ではないが、父親と同じ血が流れていると思えば、深酒をする気も起きなかった。
 先日凜太郎と一緒に飲んだ酒は美味かったとふっと思い出し、優斗は唇を噛んだ。さっき否定してくれれば自分はまだ凜太郎を信じたかもしれないのに、と思ってもそれだけの縁だったとまた諦める。
 ポケットから携帯電話を取出し、着歴を見ても誰からも着信は無かった。少しだけ期待した優斗は残りの発泡酒を一気に煽り、布団に寝転がる。明日の面接は良い結果になればいいと願いながら一人寂しく眠りに就いた。
 だが、優斗の願いも空しく昼ごろに掛かって来た店長からの電話は、優斗が応募して来た少し前に決まったとの事。優斗はここまで運に見放されれば天を仰ぐしかなかった。

 その日から優斗は、コンビニ、ファミレスと比較的募集の多い店を探し手当たり次第応募した。だが結果は悲惨だ。断られる理由も様々で優斗は戸惑った。もしかしたら、自分が気づかないだけで、人に嫌われる何かがあるのかもしれない、などと優斗は考える始末だ。ショーウィンドウに写る自分の姿を立ち止まって眺めた。狭いアパートには小さな風呂が付いていたが洗面台までは付いていない。最近大きな鏡で自分の容姿を確認した事がなかった。まだ一度も染めた事のない髪は、黒々と現代っ子らしからぬ艶をしている。優斗は爪の先までチェックしてみるが、清潔に切り揃えた爪先には汚れは一切見られない。
 溜息を吐いた視線をウィンドウに戻すと、優斗の背後に黒い革ジャンを着た男が写った。少し気になって優斗は振り返った。だが現実の目は革ジャンの男の姿を捕える事は無かった。優斗は眉根を寄せると、止めていた足を動かしその場を離れた。
 あの男の姿を視野に入れたのは三度目だ。二度目までなら偶然もありうるが、三度目となればそうではないかもしれない。場所も時間も違う。優斗は沈んでいた気分が、重石を付け、もっと深い所に沈んで行くようだった。
 その時ポケットの中の携帯が着信を知らせる。優斗は携帯を開き名前を見た時ほっと小さな溜息を吐いた。
『優斗、元気? 今夜空いていたら飲まないか?』
「俺も野口に会いたい」
 東京に来てからはじめの一週間は、野口のアパートで過ごした。それ以来メールや電話はするものの、会う機会が無かった。場所と時間を決めて優斗は電話を切った。野口の声を聞いて少しだけ気分が浮上した気がした。

 待ち合わせの居酒屋に時間通りに優斗は着いた。優斗は先に店に到着している野口を探した。少し見回しただけで野口の姿を確認し、優斗は久しぶりに会う旧友の下に笑顔で近づいて、肩をぽんと叩く。振り返った野口の目が一瞬驚きの色を浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻り、俺も今来た所と言う。
「生ビールでいい?」
 野口には既にジョッキのビールが届いていた。優斗は頷いて野口の正面に座った。
「優斗……お前、少し痩せた?」
「そう? 慣れない都会の生活で痩せたかな?」
 優斗は用意していた言葉をおどけた声で答えた。ベルトの穴が二つほど短くなった事は野口には言えそうもなかった。
 取り敢えず乾杯とジョッキを合わせてから、優斗も口を付ける。ジョッキをテーブルに置く時に心配そうな野口の視線が体に突き刺さった。
「大丈夫、バイトも決まったから」
 優斗の吐いた嘘に、野口が安堵の息を漏らした。
「そうか、良かったな。お祝いにここは俺が奢るよ。まだ決まったばかりなんだろう?」
「……悪いな、バイト代が入ったら今度は俺が奢るから」
 優斗は一度吐いた嘘に真実の色を見せる為に、またひとつ嘘を重ねた。旧友に見栄を張る必要な無いと思う反面、三か月も就職先はともかくバイトすら決まっていないとは、さすがにみっともなくて言えなかった。
「優斗……」
「なに?」
「絵描いていないのか?」
 野口の問いかけに、優斗は黙って自分の指を見る。そこは何の汚れもなく綺麗なものだった。
「落ち着いたら描き始めようと思っている」
 それがいつになるのか、優斗は予想もつかずに声が暗くなってしまった。だが野口は気にしないふうに溜息混じりに言葉を続けた。
「俺も優斗ぐらいに才能があったらな……」
 優斗と野口は中学校からの友達で、共に美術部に在籍し長い時間を共有していた。
「野口は?」
「俺は、趣味でたまに描いている」
「そう……」
 描き続ける事を選ばなかった野口でさえ、時々描いている。だが優斗は東京に出て来てから一度も絵筆さえ握った事がなかった。
「宝くじでも当たったら、俺が優斗のパトロンになってやるよ」
「宝くじなんか買っているのか?」
「いや」
 野口の即答にふたり噴き出しながら残りのビールを煽った。手放しそうな夢でも気にかけてくれている人間がいる事を幸せに思う。
「野口、ありがとう……な」
 野口は優斗の家庭の事情を知っていたから中高生の頃、地方の賞をいくつも貰った優斗に美大への道を問わない。
 気の置けない友達と飲む酒は楽しい。優斗は対等の立場では無かったが、凜太郎と飲んだ酒も美味かったと……だが、かぶりを振ってその記憶を消そうとした。
「どうした? ほらこれ食えよ」
「うん。美味い。彼女と上手くいってる?」
「まあな。それなりに大事にしているよ」
 少し照れたように野口は言うが、彼女に夢中だというのを優斗は知っていた。
「そう、良かったね」
「まあな、それよりこっちで彼女とか出来た?」
「まさか」
 優斗には出会いもなければ余裕もない。
「優斗もそろそろ卒業しないと、な」
 野口が揶揄するように言うが、何を卒業するのかなどとは優斗も聞かない。
「運命の出会いとかないのかよ?」
「運命……そんなのある訳ないよ……」
 優斗の脳裏を凜太郎の穏やかな笑顔が過る。
「そうかな、俺だってこっちに来て、今の大学に入ったからあいつと出会ったんだぜ、これもひとつの運命ってやつじゃない?」
「まあね……」
「それにしても優斗は高校の時もモテたのに、勿体無いよな。付き合いたいって思う子いなかったのかよ?」
「どうだろう?」
 ひと事のように言う優斗に野口は失笑している。今まで機会が無かった訳では無かったが、気持ちが動かなかったというのが本当のところだ。
「知っている奴? なんかさっきからこっち見ている気がするんだけど」
 野口の言葉に振り返ろうとした優斗だったが、それは野口に制された。優斗の頭には革ジャンの男が過る。
「もしかして黒い革ジャン着ている?」

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COMMENT 1

けいったん  2013, 04. 13 [Sat] 12:16

自分の事を よく知っている友達が ずっと居てくれて 
今の優斗には 掛け替えの無い宝物だね♪
右も左も分からない 就職も決まらない この都会で…
野口~いい奴だぁ~ヽ(^____^)ノ

凜太郎との関係が断ち切れたまま ちょっと淋しさを感じている優斗に 付き纏う不審者!

「皮ジャンの男」って 誰なの~?( ゚ω゚;)...byebye☆

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